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【書評】18. 石川拓治「奇跡のリンゴ」~「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録」幻冬舎文庫

奇跡のリンゴ_R
 目次:なし
 著者:石川拓治 1961年茨木県生まれ。ノンフィクションライター

 本書の表紙の木村さんを見ていると楽しい気持ちになってきます。映画版の「奇跡のリンゴ」では木村さんに扮する阿部サダヲが「人間の最高の機能は笑うことだ」と言いますが、それを実践しているかのような笑顔です。この写真、よく見ると前歯がありません。理由は本書に書かれていますがここでは内緒にしておきます。本書の元ネタになったNHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」は今から10年前に放映され大きな反響を呼びました。

 木村さんは無農薬でリンゴを作ることに世界でただ一人挑戦しました。場所は青森県弘前市、岩木山麓。これまでのやり方を変えて新しい成果を出そうとすれば初めは失敗が続きます。農家の場合、一回の失敗は1年の喪失になってしまいます。2年、3年で無農薬栽培に成功すればよくやったと褒められるでしょう。それが9年も続いたらどうでしょうか?周りは呆れ、奇人変人扱いするでしょう。様々な工夫を試みても全く改善の兆候が見えない状況では、誰でも自信を無くします。「もともと品種改良で人工的に作られたひ弱な作物だから農薬なしには育たない」と結論を出して早々とやめてしまうでしょう。
 8年目の夏に木村さんはもうこれ以上やるべきことがないと感じ、自殺するつもりで山に入ります。ところが大きなドングリの木に遭遇して、まだ試していないことがあったと気づきます。微生物や雑草、虫や小動物を利用した本物の「土」作りをすること。それまでのリンゴ畑の地面は雑草を刈り取り、肥料を与え、固くしまったままでした。考え続けた人にしか見つからないもの。ニュートンのリンゴと同じです。「人が新しい何かに挑むとき、最大の壁になるのはしばしばその経験や知識なのだ」(p144)加えて、ぎりぎりまで追いつめられ、死を覚悟する所まで行きついた人は、生まれ変わるという学びも本書にはあります。著者の言葉を借りれば「死と再生の神話」(p145)です。

 木村さんが無農薬リンゴに挑戦したのは初めから狙っていたのではない、という点もキャリアカウンセラーとして興味深く感じます。木村さんは農家の次男で家は長男が継ぐ予定だったので、神奈川県で機械メーカーに就職します。役割は経理でした。一方で機械いじりが好きで週末には友人と自動車のチューンナップをしていて、メカニックになる夢も持っていました。ところが兄が家を継がないと言い(その後戻りましたが)帰郷します。そこで縁談が出て婿入りすると同時にリンゴ農園が生業となります。初めは農薬を散布していましたが、妻が農薬のせいで体調を崩し、また古本屋で偶然手にした無農薬栽培の本を読んだのをきっかけに無農薬への挑戦を始めます。「置かれた場所で咲きなさい」と言う言葉がありますが、妻の健康、出会った本、婿入りした家の稼業、兄の就職など周りで起きた様々な偶然を受け入れ、その中で許される最大のチャレンジをしました。

 無農薬リンゴは自分が作ったのではない、自分はリンゴが上手く育つように手助けをしただけだと木村さんは言います。謙遜ではなく、本当にそう考えていて「人間はどんなに頑張っても自分ではリンゴの花のひとつも咲かせることが出来ないんだよ」(p210)と語ります。仕事を突き詰めた人は、その人ならではの包括的な価値観を持つようになります。それをもって社会のあらゆる出来事を眺めれば、少なくとも自分としては納得のいく理解ができるでしょう。一種の悟りです。

 
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