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71. あきらめる 【就活おみくじ】

スライド71
 あきらめないで結果が出るまで頑張るのが良いことであきらめるのは悪いこと、それが一般的な常識です。でも状況によってはさっさと諦めた方がよいこともあります。コンサルタントで大学の講師も務めた米国のウィリアム・ブリッジズはキャリア理論の学習者には知られている知識人です。ブリッジズは哲学的な発想により物事は何かが始まってやがて終わるのではなく、何かが終わってから新しい物事が始まる、と主張しています。仏教の輪廻を思わせますが、長い人生の中で幼年期、青年期、中年期などの区切りでは何かが終わります。例えば卒業式は「何かの終り」として象徴的です。「○○からの卒業」という表現もあります。卒業式の中で何とも言えない悲しみに包まれる人もいます。何かを「手放す」時が来たことを心が感じるからでしょう。友達との別れは辛いものです。離婚や退職も同様です。慣れ親しんだ関係や環境を失うのはとても辛い。定年退職した人が抜け殻のようになってしまう、という話もよく聞きます。でも卒業の後は「終り」ではなく次のステップが待っています。

 気持ちとしては一度手に入れたものは失いたくない。一方で新しいものも欲しい。そこに葛藤が起こります。私たちの手は大きくなく、右手と左手しかありません。多くの物は持てないようにできています。新しいものを手に取るには今持っているものを手放さなくてはなりません。時間もお金も無限ではありません。手放すのは惜しいかもしれないけれど、前に進むためには必要な儀式です。感謝を込めて、思い切って手放しましょう。思い出は少しだけあれば十分です。この先にどんな未来が待っているのだろう、と考えながら前を向きましょう。
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Re: 終わりってどんなもの

> 中年期の区切りでの終わりってどんなものなんでしょうか?
> 失うもの?

コメントありがとうございます。
何歳まで、などの年齢的な区切りはあいまいだと思います。青年期よりも喪失感が強いでしょうね。スパッとした区切りではなく徐々に役割が変わっていきます。
役割の変化の例としては、子供の自立、結婚で扶養の役割から降りるとか、会社での役職がライン(管理職)から外れるとかがあると思います。家族や仕事中心の考え方から、社会とか自分の親などに対する役割を意識し始めるのが中年期の終りであり、老年期の始まりではないかと思います。
失うもの、と言えば失うものでしょうが、次のステージに向けてやりたいことを考えることができれば失う寂しさに浸りすぎないで済むのではと思います。
プロフィール
ようこそいらっしゃいました。 キャリアカウンセラーのマニーです。 このサイトでは主に「働くこと」について色々な観点から考えたいと思います。ご意見お待ちしています。

マニー

Author:マニー
今西穂高
埼玉県在住

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